【北欧神話 第6話】豊穣の神フレイと巨人女ゲルドの結婚(スキールニルの旅)
フレイが受けた罰
フレイはヴァン神族の長、ニヨルドの息子。愛の女神フレイヤの兄でした。彼は人間たちに平和と豊穣を与える神であり、人間たちは豊かな収穫を約束してくれるフレイを慕っていました。
性格は陽気で開放的。いつも牛にひかせた車で国々をにぎやかに旅してまわり、人間たちに収穫のための種と、牧草の実りを与えているのです。
人間のみならず神々にも愛されていたフレイは、そのために生意気になっていたのかもしれません。あるいは、彼は非常に若かったので無謀なことをせずにはいられなかったのかもしれません。彼はある日、オーディンの目を盗んで玉座フリズスキャルヴに座ったのです。
オーディンの玉座に座ることは、オーディンとその妻フリッグにのみ許される権利でした。他の神々は、たとえ誰であろうとも近づいてはいけないのでした。フリズスキャルヴは特別な玉座で、そこに座ると世界中を見渡すことができるのです。
ところが若いフレイは好奇心に負けて、そこに座りました。彼の目に、世界のありとあらゆるものが飛び込んできました。ミッドガルドで人間たちが苦労して畑を鋤で耕しているところ。ヨーツンヘイムで、三つの頭や六つの頭を持つ不気味な巨人がうろうろしているところ。
と、そこに巨人ギュミルの館から一人の娘が出てくるのが見えました。彼女はギュミルの娘で、ゲルドという名でした。彼女はまるで光で作られているかのように美しく、彼女が館の扉を閉めようとして両手を上げると、空と海は一層輝きを増しました。彼女のために全世界が輝くかと思われました。
しかし、美しい姿がフレイの目に見えたのは、太陽のほんのつかの間の光ほどでした。ゲルドが館の扉を閉めてしまうと、もう姿は見えなくなり、世界はまた光を失ってしまいました。
フレイはフリズスキャルヴに座るという禁止を破った報いを受けたのです。彼は終わりのない憧れに苦しみ続け、一言も口を利かず、眠れず、食べることも飲むこともやめてしまいました。
フレイの父親ニヨルドをはじめ、神々には誰にも、陽気な豊穣の神の沈黙の意味が分かりませんでした。フレイの変わりように、神々の誰も、声をかける勇気がありませんでした。
しかし息子が心配でなりませんでしたから、ニヨルドはフレイの従者スキールニルに言いつけました。「行って、私の息子に尋ねてきてくれ。なぜそんなにも心が乱れているのか。気持ちを分かち合うことさえしたくないほど怒っているのはなぜなのか。なぜそんなにも悲しんでいるのか」
スキールニル(光り輝くもの)は答えました。「まあ、行ってみましょう。わたしの気に入る答えが返ってくるとは思えませんがね」
スキールニルの旅
「お前なんかに話したところで、何になるんだい。たとえすべての妖精の光が毎日輝いたって、ぼくのこの心の苦しみを照らしちゃくれない。ぼくの心は、恋の苦しみでいっぱいなんだ」
「恋心にそんな力があるとは思えませんね。わたしに話せないほど、深い悩みなんかありゃしませんよ。あなたの情事は何でも知っているわたしじゃありませんか。わたしたちは隠し事をしませんでしたからね」
そこでフレイは、ゲルドを見て恋のとりこになったこと、彼女の美しさがどんなに世界を輝かせたか語りました。「かつて誰も、僕が彼女を愛したように一人の女を愛した者はあるまい!僕は彼女を自分のものにしない限り、これ以上生きてはいけない!だが、全ての神々はこの思いに反対するだろうよ」
「それではわたしに、闇を突き進み揺らめく炎をも越えられる馬と、巨人と戦うことのできる剣をください」
フレイは言われるままに、自分の持っている最も素晴らしい宝を二つともスキールニルにやってしまいました。そののち、フレイはこのことをひどく後悔することになります。巨人との最後の戦い(ラグナロク)に、この剣は彼の死を防ぐはずだったのです。
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「行ってくれ!行って、なんでもいい、彼女をここに連れてきてくれ!」
スキールニルは馬に乗って、すぐに出かけました。馬の蹄は火花を散らし、巨人の国ヨーツンヘイムに入りました。「外は暗くなった。お前は闇の中を走れるかい?」と、スキールニルは馬に語りました。「さあ、濡れた山を越えて巨人の住んでいる荒野に向かわなければならないぞ。お前とわたし、うまくやれるか、二人とも巨人の手に落ちるかどちらかだ」
スキールニルは一晩中馬を走らせました。魔法の炎の中を超え、夜明けに灰色の草で覆われた荒れ地に出ました。あちこち、煮えたぎる湯が沸き出ていて、ごつごつとした岩が点々とむき出しになっていました。殺風景で、荒れ果てた土地でした。その真ん中に、ギュミルの巨大な館はそびえていました。
「おい、牧童さん。教えてくれないか。どうすればゲルドの館に入れるか」スキールニルはそこに座っていた牧童に声をかけました。
牧童は冷たいのでそっけなく答えます。「あんたは死ぬように運命づけられているのか?それとももう死んでいるのかね?あんたがギュミルの娘と話せる手立てなどないよ。いつまでもな」
牧童が助けるつもりなどないと分かったので、スキールニルは大声で怒鳴りました。「進まねばならん者は、いくじなくじっとしてしているより、恐れ知らずに何かするほうがいいのさ。おれの命の長さは決まっているし、死ぬ日もとっくに定められているのだからな」