【北欧神話 第5話】アースガルドの汚された城壁

2019年5月23日

神々の元に来た棟梁

アース神の住処、アースガルドの堅固な城壁は、ヴァン神との戦いで崩れ去っていました。アース神は瓦礫と化した城壁を眺めて困り果てていました。このままでは、いつ巨人たちが襲ってくるかわかりません。宿命の敵である巨人たちは、神々の力が弱まるのを、今か今かと待ち構えているからです。

けれども、誰も汗水たらして工事をしたくはありませんでした。ただでさえ、ヴァン神との長い戦いに疲れ果てていたのです。彼らは城壁の石を積むよりも、麦酒(エール)や蜜酒(ミョード)を飲むほうがいいと思いました。余談ですが、この麦酒(エール)や蜜酒(ミョード)とは、古代北欧でよく飲まれていたお酒。麦酒(エール)は今でもよく飲まれていますね。一方蜜酒(ミョード)は……現代日本人にとってはあまりお勧めできないそうです。

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そんなある日、一人の男が馬に乗って、アースガルドにやってきました。彼は虹の橋ビフロストを渡ると、ヘイムダルに出会いました。ヘイムダルはいつもビフロストのたもとに立っていて、アースガルドに忌まわしいものが近づいてこないか見張っているのです。男はヘイムダルに「神々に聞いていただきたいお話があるのですがね」と言いました。「わたしの話は、神々はとても興味があると思いますよ。女神方も同様にね」ヘイムダルはちょっと口をあけて笑いました。彼の歯は黄金でできていて、笑うとその歯が光りました。

全ての神々が、男のところへ集まってきました。神々の王オーディンは、「どんな話があるのかね」と男に尋ねました。「何、簡単な話ですよ。アースガルドの壊れた城壁を、わたしが直して見せようというのです」男の言葉に、神々はざわめきました。男は続けました。「城壁は、前よりももっと高く、頑丈になるでしょうよ。岩の巨人や霜の巨人が攻めてきても、城壁はびくともしないでしょう。それはあなた方が望んできたことじゃありませんか?わたしがその城壁を作ってあげようと言っているんです」

「しかし、何か条件があるんじゃないのかね」オーディンが訪ねました。こんな途方もない話には、きっと裏があるはずだからです。「十八か月ください。城壁を建てるには、それだけ必要です」「なるほど。確かにそれだけ必要だろう。それで――値段は?」オーディンは一番気がかりな質問を尋ねました。棟梁は「それを今から言おうと思っていたんですよ」とニヤニヤ笑いました。「一番美しいフレイヤをわたしに下さい。それから、太陽と月もほしいのです」

神々は嵐のようにどよめいて、この途方もないことを言う棟梁を追い払おうとしました。フレイヤは真っ蒼になって震えあがりました。女神の中で最も美しいフレイヤは、あらゆる神々のあこがれであり、誇りであったのです。「それは不可能だ!」と、オーディンも叫びました。

すると、悪知恵の働くロキが「まあまあ、そう騒がないで。そんなあっさりと片づけるなよ」と声を上げました。ロキがいたずら者で、嘘つきなのを、神々はよく知っています。でも彼はずる賢く、しばしばその知恵で神々を救うことがあるので、彼らはロキを無視することができまいのです。「われわれはもっとよく考えてみるべきだよ。この計画を、僕らの利益になるようにできるかもしれないんだからね。たとえば、あの棟梁に十八か月ではなく、六か月だけ与えてみてはどうだろう?」

「それは、そんな短期間に工事を終えることはできまいな」

「その通りですよ。棟梁が断ったろころで、僕らは何も損はしないし、城壁を建てたところで、全部作るのは間に合いっこないから、僕らはただで城壁を半分手に入れることができるよ。何もせずに、ただでさ」

いたずら者のロキの意見に従うことは、みな不安を感じたのですが、この素晴らしい意見に反対する理由も見つかりませんでした。それで、神々はロキに賛成することにしたのです。皆が自分を担保に城壁を建てる気だと知って、フレイヤは泣き出しました。彼女の流す涙は黄金になって、足元に落ちていきました。

オーディンは棟梁の前に出て言いました。「期限は六か月!冬が終わるその日までに、城壁を建てることができたなら、フレイヤを連れて行ってもよい。だが、夏が始まるその最初の日に、石が一つでも積まれていなかったなら、この取り決めは無効だ。また、城壁はそなた一人で建てねばならぬ。誰の援助も受けてはならない」

これを聞いて、棟梁は飛び上がりました。「そりゃ無茶だ!不可能です。しかも、あんたはそれを承知で言っているんだ!」それからじっとフレイヤを見て、「でもわしは……、でもわしは……」とうめきました。「フレイヤはわしのあこがれで……」

それから、棟梁は必死に頼みました。「六か月で建てます!ですから、わしの馬を使うことだけ許可してください!わしの馬、スヴァディルファリ(不幸な結果をもたらすもの、という意味があります)を」しかし、オーディンは承知しません。「一人で建てるのだ。それが条件だ」「一人で建てます!ただ、馬を一頭だけ……」するとまたロキが口を出しました。「オーディン!そのくらい許してやれよ。馬を使うことくらい、何が悪いんだね。もしここで拒絶したら、契約は成立せず、城壁は建てられないことになっちまうよ」

こうして、ロキの勧めに従って棟梁が城壁を建てることになったのです。棟梁は次の朝早くから働き始めました。彼は岩山へ行き、巨大な岩の塊をうめき声をあげながら持ち上げました。そして、その大きな岩を、次々にスヴァディルファリの後ろに積み上げていきました。馬は荒い息を吐いて、その岩を引っ張っていきました。アースガルドの神々は、その様を見て仰天しました。スヴァディルファリは、岩山を丸々一つ、アースガルドまで引き上げてきたからです。

神々は不安になりました。スヴァディルファリが運んできた莫大な岩。それを、棟梁は次々に積んでいきます。その速さ、その力の強さ。フレイヤは神々の後ろで泣いていました。神々は空を見上げました。太陽と月があの男に取られたらどうなるだろう、と彼らは不安になっていたのです。

神々がロキを責め立てる

冬が厳しくなってきました。冷たい風が雪をはらんで吹き荒れ、アースガルドの周りは、徐々に白くなっていきました。「一冬で、アースガルドの城壁を建てる」と約束した棟梁は、その厳しい寒さの中を、歯を食いしばりながら働きました。来る日も来る日も、彼は頑強な馬スヴァディルファリに岩を引かせて、石切場と城壁の間を行ったり来たりしていました。

城壁がだんだんと高くなるにつれて、神々の不安もだんだんと大きくなっていきました。そうこうしているうちに日は長くなり、夏が近づいてきました。そして夏が始まる三日前に、城壁は門を残してほぼ完成していました。神々は高く強固な城壁を百ぺんも見上げて、もうじっとしていられなくなっていました。「城壁がしあがったら、フレイヤと太陽と月を渡す」と契約を結んでいたからです。

棟梁の力は恐ろしいほどのものでしたので、あの棟梁が実は巨人が姿を変えたもので、フレイヤを狙ってやってきたということは、もう疑いのないことでした。神々の王オーディンは、神々を呼び、集会を開きました。「我々は何とかして、この約束から逃げるすべを考えなければならない。フレイヤが巨人の嫁となり、太陽と月が世界から奪われることはあってはならない。いったい、何者が我々にこの契約を進めたのか?」

オーディンの目がロキを捕らえて、それからすべての神々がロキを睨みつけました。ロキは飛び上がって抗議しました。「自分たちのことは棚に上げて、俺のせいにばっかりするなよ!みんな同意したんだろ」

オーディンがロキの肩をつかんで、まるで人形のように軽々と持ちあげたので、ロキはますます縮み上がってわめきました。「どうして俺の責任なんだ。みんな同意したくせに」

オーディンが冷ややかに尋ねました。「馬を使うよう、棟梁に許したのは誰かね?あの馬を使わなければ、城壁はしあがらなかったのではないかね?お前が提案したのだから、お前がこの窮地から逃れる方法を考えるべきではないのかね?」すると、全ての神々はオーディンに同意しました。彼らには、この窮地から脱出する方法なんて、一つも思い浮かびませんでしたから。彼らはロキを責めながら、ロキの悪知恵に頼るほかになかったのです。

「あんまりだ!あんたたち、何もしなかったくせに。何も決定しなかったくせに。あんたたちは何も手を汚さずに、お高い態度を取っているんだ。おい、ヘイムダル!一番真っ白で明るい神のあんただって、俺の考えに賛成したくせに!」ロキはわめきました。このロキの言葉には、彼の巨人族としての性格が表れています。アースガルドにいながら、巨人の血を引く彼には、神々の性格が我慢ならないのです。自分からは何もしないがゆえに、神々は穢れがなく真っ白です。そして、手を汚しながら行動する巨人を見下しています。「きれいなだけで、何もできないくせに」と、ロキは神々の中にいながら怒りを募らせているのです。

「うるさい」と、オーディンはますます手に力を込めてロキを締め上げました。ロキは息が詰まりそうになって床に膝をつきました。「お前の悪知恵を絞って、ロキ、考えるんだ。棟梁が報酬を失うか、お前が命を失うか、どちらか一つだぞ。われわれはじっくりとお前を痛い目にあわせてやれる。じわじわとな」

恐怖に震えあがって、ロキは泣きそうになりながら誓いました。「あんたの言うとおりにするよ、オーディン。誓うよ。どんな犠牲を払っても、棟梁が失敗するようにするからさ」

オーディンが名馬スレイプニルを手に入れる

その日の夕方、棟梁は足取りも軽くスヴァディルファリと一緒に石切場から歩いてきました。神々が察した通り、彼は山の巨人で、神々と同じくらいの大きさに姿を変えていたのです。彼はこの仕事を終えることで、神々から太陽と月を奪い、打撃を与えてやれるとほくそえんでいました。そしてそれ以上に、彼の憧れのすべてであるフレイヤは、もう自分のものになったも同然だと思い、天にも昇る心地がしていました。愛と美の結晶であるフレイヤ。彼はこの六か月、彼女を手に入れるために働いてきたのです。彼は歌を歌いながら夜道を登っていました。スヴァディルファリはその後を、重い岩を引き引きついていきました。

その時、ふいに茂みが揺れて、一頭の美しい雌馬が飛び出してきました。雌馬は魅力的で、月光を浴びて毛並みが濡れたように光っていました。彼女が尾をぱしりとふって走っていくと、スヴァディルファリはもうたまらなくなっていななき、手綱をふりちぎって追いかけていきました。棟梁は慌てて追いかけましたが、スヴァディルファリは戻りません。一晩中、彼は彼の馬を追いかけ、叫びまくりましたが、もうどうしようもありませんた。

棟梁は石を城壁に運ぶことができませんでした。もう城壁を建てるのは間に合わないと悟った彼は、怒りのあまり変装を解きました。彼はたちまち、見上げるような山の巨人の姿をあらわにしました。髪を逆立て、目を血走らせながら、巨人は叫びました。「だましたな!嘘で固められた神々め!女神どもは淫売婦だ!」

それが棟梁の最後の言葉となりました。トールがハンマーのミョルニルで、彼の頭蓋を叩き割ったからです。この時、心のまっすぐなトールは神々を卑劣だと非難しました。彼は神々が棟梁と契約を交わしたとき留守にしていたので、神々の裏切り行為を知らなかったのです。

トールの批判を聞いて、神々は心に重いものを感じました。神々は城壁を手に入れましたが、それによって城壁よりも大事なものを失ってしまったからです。神々はそれまで、あらゆる誓い、あらゆる約束を重んじていました。誓いは神聖なもので、それによって世界の正しい秩序は保たれていたのです。誓いを守る立場の神が、あろうことか自らの手でそれを破ってしまったのでした。

ところでそれからしばらくして、しばらく姿を消していたロキがアースガルドに戻ってきました。彼は不思議な仔馬を連れていました。その馬は灰色の毛並みをしていて、八本足でした。

実は、スヴァディルファリを誘惑したあの雌馬は、姿を変えたロキだったのです。ロキは別の名を、「変身者」といいます。彼は男にも女にも、人間以外の別も生き物にも姿を変えることができるのです。八本足の仔馬は、スヴァディルファリとロキの間にできた仔馬でした。

ロキの連れた仔馬は素晴らしい馬で、誰もそれまで、これほどの駿馬を見たことはありませんでした。オーディンがこの仔馬をほめると、ロキはうれしそうに笑って言いました。「あんたにこの馬をやるよ、オーディン!これからはこいつが、あんたを乗せて走るだろうよ。こいつはスレイプニルといってね、どんな馬よりも速く走るよ。海の上も虚空も走ることができるし、あんたをのせてヨーツンヘイムまで行くことができるよ」

オーディンは受け取り、それからはスレイプニルが八本の足でオーディンを乗せて走るようになったのです。この話は、北欧神話の叙事詩「エッダ」の「ギュルヴィたぶらかし」という歌の中に語られています。

「スレイプニルという馬は誰が所有しているのですか。何かその馬に関する話はありませんか」

「スレイプニルについて何も知らんのだな。どんなきっかけで、この馬が生まれたのかも知らんわけだな。では話してやる値打ちがあるだろう……」

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また、神々が誓いを破ったことについては、「エッダ」の「巫女の予言」という歌が語っています。

「誓い、約束、誓言。互いに交わされしすべての意味深き取り決めは破られる。トール一人は怒りにまかせ打ってかかる。かかることをきくとき座視しうる彼にあらず」

神々は、神々としての資格を失いつつありました。ただ、トールだけが単純で気高い心を持ち続けていました。ロキがトールに深い友情を感じていたのは、ただトールだけが、正しい神であったからかもしれません。

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