【北欧神話 第7話】豊穣の神フレイと巨人女ゲルドの結婚(スキールニルの呪い)

2019年4月14日

スキールニル、ゲルドに会う

スキールニルが大声で喚いたので、その声はゲルドの耳にも届きました。ゲルドは驚いて

「まあ、何なの。あのやかましい声は。家じゅうが揺れるようだわ」

「あれは一人の男がやってきて、馬から降りたのです。今、馬に草をやっているところです」

「ではその方を出迎えなさい。そして蜜酒でもてなすのです。でも、その訪問者がお兄様を殺した男だと怖いわ」

どうもこのセリフの意味が未だに謎なのですが、一説によると「スキールニルが怒鳴りつけた牧童がゲルドの兄弟だった。スキールニルは牧童を怒鳴りつけて、ついでに殺したのではないか」と言われています。

スキールニルはギュミルの館にうまうまと潜り込みましたが、ゲルドの態度は冷ややかでした。

「あなたは妖精?それとも神?どうやって炎を超えてこの館までいらっしゃいましたの?」

「わたしは妖精でも神でもありませんよ。でも炎を超えてきたことは確かですね」

スキールニルは外套のポケットから輝く林檎を取り出して「これをご覧なさい。これは神々の青春の林檎です。永遠の若さを約束するこの林檎を11個持ってきました。これはあなたのものですよ。フレイにあなたの愛を捧げると約束してくれたら差し上げましょう」

ゲルドは冷ややかでした。「いりませんよ。青春の林檎でわたしの愛を買うことはできませんよ。フレイでも誰でも、わたしと暮らすことはできません」

スキールニルはめげずに「これをご覧なさい。これはドラウプニルという腕輪です。これは9夜ごとに同じ重さの腕輪を8つ滴らせるのですよ。これはあなたのものですよ。フレイに愛を約束してくれればね」

「そんな物は欲しくありません。館には十分な黄金がありますもの。愛で黄金を買うほど困ってはいませんわ」

ゲルドの言葉は氷のようだったので、スキールニルは骨まで凍るようでしたが、それでもニコニコと笑顔を絶やさずに「これをご覧なさい。この輝く剣が目に入りませんか。フレイの妻になることを承知しないなら、容赦なくその首を切り落としますよ」

「力ずくでの結婚の申し出を受ける気はありませんよ。ここにわたしの父がおれば、あなたなど簡単に追い出してしまうでしょうよ」

このゲルドの態度は、当時の誇り高い女性の姿をわたしたちに見せてくれます。古代の女性に対してわたしたちは「男性の言いなりになっていた」というイメージが強いのですが、決してそれだけではなかったようです。彼女たちも社会の中で重い立場にあり、男性に対して堂々と自分の意思を述べたのでしょう。

スキールニルの呪い

ゲルドがあまりに思い通りにならないため、ついにスキールニルは最終手段に打って出ます。彼は魔法の杖を手に持っており、おもむろにその杖を持ち上げました。そして呪いの言葉を杖を振って唱え始めたのです。

この呪いの言葉は、実に迫力あるセリフなので「エッダ」の抜粋を読むのがよいでしょう。

「お嬢様。この魔法の杖であなたを打って、わたしはあなたを従わせよう。あなたはもう決して誰にも会えず、誰にも話しかけることのできぬ場所へ行くのだ。

あなたは天の果ての鷲の丘に座り、一日中冥界をのぞき込むことになりますよ。そしてすべての食べ物は蛇よりももっとおぞましいものに見えるようになる。

外に出たら人前に恥をさらされるがよい。あなたはわたしたちをぞっとさせる、異様なものになるのだ。霧の巨人フリームニルだって、あきれてあなたを見るだろう。神々の番人よりももっと知られるようになる。

狂気と悲嘆と束縛と苦悩があなたに付きまといくるしめるように。いくらもがいて向きを変えても、宿命から逃れらればしないのだ。まあ、お座りなさいよ。つらい難儀と倍する苦悩をお話しするから。

巨人の館では怪物があなたを苦しめる。霜の巨人のところへ、あなたは嫌でも足を引きずって行かなければならない。何の喜びも当てもなくね。

頭が三つある巨人と、いつも暮らさなくてはなりませんぞ。それとも独身のままえいるかだ。決して、ただの一度も愛のある夫と過ごすことはできませんぞ。願わくば肉欲があなたを捕まえるように!絶望があなたを弱らせるように!

ご覧。わたしのこの杖を。わたしは森へ行き、雫のたれている暗い森の中でこの魔法の杖を見つけたのだ。

神々の王オーディンはあなたにご立腹だ。フレイもあなたを憎むだろう。ゲルド、最悪の女よ、あなたは神々の激しい怒りを買ったのですぞ。

巨人ども、お聞き!霜の巨人ども、お聞き!スットゥング(そういう名前の巨人)の子らよ、お聞き!そしてアースガルドの神々よ、わたしの言うことを聞かれよ!わたしはこの女がどんな男とも会うことを禁じる。どんな男とも楽しむことを禁じる。

霜の経帷子を着て、地価の死者の国に住む巨人フリームグリームニルがあなたを楽しむ相手だ。ユグドラシルの樹の根元で、汚らしい死体たちがあなたに山羊の小便を飲ませるだろう。あなたがどんなに望んでも、それがあなたの飲み物なのだ。これがわたしの呪いである!

ゲルド、わたしはあなたに病気のルーンと、ほかに肉欲、狂気、不安の三つのルーンを刻んだ。でももし必要があれば、わたしは自分で彫った文字を削って消すこともできるのですよ」

ルーンとはヴァイキングたちが使っていた古代文字です。この文字は強力な魔力を持っていて、まじないによく使われました。彼らは木の葉や木片、骨などにルーンを刻み、呪術を行ったようです。「文字を削って消す」とスキールニルが言っていますが、これは、木片などに刻んだルーンをナイフで削り、火中に投ずると効果が消えると信じられていたのです。

スキールニルの呪いを聞くうち、魔法の杖で触られて金縛りになっていたゲルドは恐ろしさに真っ蒼になりました。やがて震えだし、やっとのことで彼女はスキールニルに言いました。

「お客様、ようこそいらっしゃいました。祝福を受けてください。古い蜜酒に満ちた水晶の盃を受けてください。ああ、それにしても、わたしが神の一員を愛すると誓うなんて、よもやそんなことはあるまいと思っていたのに」

そういう彼女の瞳は、もうきらめくことはありませんでした。涙ばかりがこぼれていました。

「馬で家に帰る前に、聞いておきたいものです。いつあなたはニヨルドの息子(フレイ)にお会いになりますか?」

「バリという静かな森で。9夜たったら、ゲルドはニヨルドの息子にわたくしを捧げますわ」

スキールニルは急いで帰宅しました。フレイは眠らずに待っていて、スキールニルの姿を認めると飛んできました。

「スキールニル!馬から鞍を外す前に話してくれ!ヨーツンヘイムから運んできたのは喜びか、苦しみか?」

「バリという静かな森で、9夜の後にゲルドは自らをあなたに捧げるでしょう」

フレイは大声で叫びました。「一夜は長い、二夜はもっと長い。三夜をどうやって忍べばよいのか?待ちわびる半夜のほうが、私にはひと月よりも長く感じられることだ」

この物語は当時の女性の姿を垣間見せてくれます。古代において、人々は少数の部落の中で生きていました。しかし、部落の中での結婚を繰り返すことは、血を濃くし、奇形が生まれる可能性を高くします。それゆえ、他の部落からたびたび女性を嫁入りさせ、新しい血を迎える必要があったのです。やむを得ないこととはいえ、ゲルドのようにその女性自身は望まない結婚も多かったことでしょう。

北欧神話の女性たちは、皆誇り高く、時にはオーディンにさえ意見する姿も見られます。女性が尊敬され、堂々としていたことは確かでしょうが、それだけではなかったのです。時にはどうしようもない権力の犠牲となった女性もいたようです。

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