ギリシャ神話じゃない!ふたご座の物語~実は曽我兄弟だった!
ふたご座と言えば、ギリシャ神話のカストルとポルックス!でも、実はこの星座は、日本でもある兄弟の星とされていたということをご存知ですか?
しかもこの物語、実話です。鎌倉時代、源頼朝(みなもとのよりとも)のおひざ元で、仇討ちのために寵臣を惨殺するという事件があったのですが、この時の犯人が「曽我兄弟(そがきょうだい)」。この物語の主人公なのです。
このエピソードは古典の「曽我物語」にまとめてあります。このページではあらすじを簡単にご紹介します!
曽我兄弟、父を殺される
曽我兄弟は、誰もがうらやむ幸福な家庭に生まれ育ちました。父は強者と名高い侍、河津(かわず)三郎。おっとりと美しい、けれども芯の強い母。兄、一萬(いちまん)は色白で優しく、弟、箱王(はこおう)は浅黒く気が強い性格でした。
ところが、兄弟たちの幸福はある日突然崩れ去ることになります。父三郎が、狩りの最中、くせ者によって矢で射殺されたのでです。馬からどうと落ち、狩りに同行していた祖父が駆け寄ったとき、まだ息がありました。
「父上――父上」三郎は年老いた父の手を握って、最期の息を振り絞ります。「あれは、わたしを恨みに思っている工藤祐経(くどうすけつね)の手先です……。祐経がわたしを……。父上、子供たちは、一萬は五つ、箱王はまだ三つ。あまりにも不憫です。父上、どうか、どうか子供たちを……」
涙を落として老父に訴え、無念の死を遂げたのでした。
曽我兄弟、仇討ちを決心する
何も知らぬ子供たちは、門前で父の帰りを待っていました。兄弟が目にしたのは、しかし無惨な父の亡骸だったのです。
「父上! 父上!」
一萬は取りすがって泣きます。箱王はただオロオロと、父の着物を引っ張るばかり。三つの幼子には、父の死が分からなかったのです。
その夜、母は子供たちを左右に抱いて語りました。
「二人とも、母の言葉をよく聞き、いつまでも忘れるでない。あのご立派な父上を殺めたのは、工藤祐経です。卑怯者の祐経。この名を胸に刻みなさい。憎い、憎い祐経。お前たち、大きくなったならば、きっと仇を討ってくだされよ」
三つの箱王はまだ何のことか分かりませんが、五つの一萬は顔を上げて返事をしました。
「母上、ご案じなさるな。わたくしがきっと、大きくなって仇を討ってご覧に入れます。これからはわたくしが父上にかわって、箱王を支えます。そして、いつかきっと、父上の無念を晴らします」
この後、父を失った兄弟は住み慣れた家を離れ、母とともに貧乏な親戚の曽我家に引き取られることになります。曽我の家で育ったので、「曽我兄弟」と呼ばれることになったのです。
富士の裾野で仇討ちを果たす
その後兄弟は元服し、兄は十郎、弟は五郎と名を改めます。
十郎が二十二、五郎が二十歳の年、将軍頼朝が富士の裾野で大規模な狩りを行うことになっりました。
「吉報だぞ、五郎。祐経は将軍の寵臣。必ず狩りに参加する。仇を討つのは、今をおいて他にない」
「おお、兄者人(あにじゃびと)! 父上が亡くなってより、十八年。どれほどこの時を待ったことか!」
「五郎よ。よく聴け。将軍の寵臣である祐経を殺せば、我らの命もそれまで。首を切られることは避けられぬ。五郎、それでもよいか。それでも、この兄と運命を共にするか」
「兄者人、情けないことをおっしゃる。今更――。この五郎の心を疑うような言葉、聞くことすら恥ずかしい」
兄弟は手を取り合い、その熱の中に互いの決意を確かめ合い、富士の裾野へ旅立ちます。
ついに、将軍の狩りが始まりました。しかし、数え切れないほどの侍の数(六万)。田舎者の十郎五郎は戸惑うばかり。まして祐経は重臣。足元にも近づけません。宿も無数に立ち並び、どれが祐経の宿かも分かりませんでした。
「これではいかん」と、三日間を費やして、やっとの思いで二人は祐経の宿を探し当てました。
深夜――。土砂降りの雨の中。二人は祐経の宿の前に立ち、松明を片手に互いの肩に手をまわしました。
「兄者人、これが最後の別れです。懐かしいその顔を、今一度見ておきたい」
「おお、五郎。顔を見せてくれ」
いざ討ち入りとなれば、もう互いの顔を見る暇はありません。これが最期と、つくづくを顔を見合わせました。
「おさらば――!」
二人は同時に手を放し、祐経の宿へ入っていきます。皆、寝静まっていました。足音を忍ばせ、一番奥の、祐経の寝所へひた走ります。
やがて、二人は目指す部屋へとたどり着きました。
「兄者人、間違いない。この男です。わたしは一度、箱根の寺を訪れた祐経の姿を見たことがある。こやつが、仇です!」
十郎が祐経の枕を蹴飛ばし、祐経を起こして叫びました。
「起きろ、祐経。河津三郎の子が、今こそ仇を討ちに来たぞ」
祐経は刀に手をのばしましたが、遅すぎました。兄弟の刀が寝巻の身体に斬りかかり、ついに十八年に及ぶ宿願を果たしたのでした。
十郎、討ち死にする
将軍の寵臣を殺めた者は死罪。初めから、兄弟には生き延びる気はさらさらありませんでした。次々にはね起きて襲い掛かってくる武士たちを相手に戦います。二人合わせて、五十人もの武士を斬ったそうです。(ホントかな?)
兄の十郎はその戦いの中で討ち死に。
「五郎! 五郎はなきか。我は新田四郎の手にかかって討たれる。死出の山にて待つぞ」
兄の最期の叫び。五郎は太刀振り回して、死骸なりとも今一目顔を見んと、垣根の如き武士たちをかき分け走り寄ります。
「恨めしや、五郎を置いて――。わたしを捨てて先に逝くとは。兄者人、この五郎も連れて行け」
兄の死骸に縋り付いて、声を放って泣いたのでした。しかし、襲い掛かる武士たちの無情の手。五郎はなおも勇ましく戦いましたが、後ろから組み付かれ、無数の手に捕まって、無惨にも縄で縛られ生け捕られたのでした。
五郎、死罪となる
五郎は一人、将軍の前に引き出されます。将軍直々に尋問されますが、その態度は実に堂々たるものでした。
「十郎が九つ、わたくしが七つのときから今まで、工藤祐経を仇と狙っておりました(彼らが武術を始めた年齢を指す)。将軍、この縄を善の縄とお思いにならぬか。産まれて七歳から常に心に留めていた甲斐あって、めでたく仇を討ち果たしてついた縄。全く恥とは思わぬ。かねての願いを果たした今は、この首を千に切られたとしても恨みに存じませぬ」
「あっぱれな男よ、五郎。男の手本だ。そして、その方の武勇、実に目をみはるものがある……」
源頼朝は、五郎の武勇を惜しんで、命を取ることをためらったと言われます。
やがて一人の武士が、十郎の衣装に何かをつつんで五郎の前に持ってきました。おもむろにそれを開いて
「見よ、確かに十郎の首か」
「兄者人……」五郎はわなわなと震えて言いました。「なぜ、なぜ先に……。同じ時、同じ所にて屍をさらさんと誓っていたのに。遅れて生きている我が身が恨めしい。兄者人、死出の山にて待ちたまえ。すぐにも追いつき、側に参らん。閻魔王(えんまおう)の宮殿へももろともに……」
この時の五郎の嘆きは激しいもので、その様子に涙を流さない者はなかったそうです。
「助けてやりたい」
と頼朝は言いましたが、五郎は生きるつもりはありませんでした。
「兄者人のいないこの世に、いつまでも生きていたくない。兄がわたしを待っている。急ぎ参って、手に手を取り合って三途の川を渡りたい。こうして、一時たりとも長く生かされていることこそ、恨みに思っている。今はただ、早く首を切ってほしい」
五郎は、からからと高笑いしながら首を斬られたといいます。
まとめ
随分長くなりましたが、以上が曽我物語のだいたいのあらすじです。
遠いギリシャと日本で、いずれもふたご座が「仲の良い兄弟の星」とされているのは、なんとも不思議な偶然です。ひょっとしたら、シルクロードを通じて「兄弟の星」という話が伝わっていたのかもしれませんね。
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