【ケルト神話】クーフーリンと魔女メイヴ

2019年4月23日

赤枝の騎士団と魔女メイヴ。戦いの幕開け

赤枝の騎士団のリーダーとなったクーフーリン。美しい妻をもらって幸福に暮らしていましたが、平和は長続きしません。あるとき、アルスターの地に原因不明の疫病が流行り出しました。クーフーリンの部下たちも次々に倒れ、クーフーリンは心を痛めます。

不幸は度重なるもの。よりにもよってこんな時に、隣国の女王メイヴがアルスターに攻め込んできます。メイヴの目的は、アルスターにいる美しい一頭の牛。現代人の感覚からすると、「なんでそんなもののために……」と思ってしまいますが、古代人の感覚では真剣に欲しいので仕方ありません。

メイヴは女王であり、7人の恐ろしい息子たちの母であり、強力な魔女でもありました。その姿は、波打つ黄金の蓬髪。金の大きなブローチで緑のマントを留め、戦車に乗って戦場をかけるという、ジャンヌダルクのようないでたちでした。彼女は、彼女の国、息子たちの軍勢、その上巨人たちまで引き連れて、クーフーリンの赤枝の騎士団に戦いを挑んだのでした。

クーフーリンは疫病による劣勢の中、果敢に戦います。人数が少ない赤枝の騎士団。クーフーリンは知恵を絞り、ゲリラ戦を繰り返します。騎士たちは物陰に隠れ、メイヴ軍が来るのを待って、投石機で無数の岩を降らせたのです。空から降ってくる岩につぶされて、メイヴ軍は1日に100人もの死者を出しました。クーフーリン、この時まだ17歳。メイヴはこの賢く雄々しい若者に心底恐れおののき、また強く心を惹かれました。

女たちの誘い


【ここはドイツの古城です】

メイヴはこの勇敢な若者を、何とか自分に寝返らせたいと願い、様々な誘いをかけます。宝や領土、およそあらゆるものをエサに、アルスターを裏切るようにけしかけたのです。しかし、そんな罠にかかるクーフーリンではありません。ことごとく誘惑をはねつけて、コノール王への忠誠を守り通します。

クーフーリンの魅力は、その強さ、賢さ、魔術の巧みさはもちろんですが、もっとも彼を輝かせているのは、この潔癖なまでの騎士道精神でしょう。断じて悪になびかず、主君に忠実で、正義を貫く。この鉄の姿が、クーフーリンをひときわ輝く英雄たらしめているのです。

メイヴが最後に出した条件、「1日に、両軍1人だけの戦士を出して戦う」という一騎打ちの提案のみ、クーフーリンは承諾します。そして、その戦いはすべてクーフーリンの勝利となるのでした。

クーフーリンに魅せられた女は、メイヴだけではありません。女神までが彼に心惹かれます。

死と破壊の女神モリグー。彼女はクーフーリンの戦いぶりに心奪われ、彼に「力を貸そう」と言い寄ります。しかし根が潔癖なクーフーリン。女神の誘惑をきっぱりと断るのでした。可愛さ余って憎さ100倍。女神の愛は憎悪に変わり、様々な手を使ってクーフーリンの妨害活動に打って出ます。

・牛に変身してクーフーリンに突進
・ウナギに変身、足に巻き付く。
・狼に変身、襲い掛かる。

最後にモリグーは病気の老婆に変身して、クーフーリンにからみます。するとクーフーリン、気高い騎士である彼は汚い病気の老婆を決して見捨てません。手厚く看護するのでした。モリグーはそんな心の清らかさに感激。以後、見返りを求めずクーフーリンの味方になるのでした。

戦いの果てに……。立ったまま死んだクーフーリン


【ストーンヘンジ夕暮れ】

魔女メイヴとの戦いは7年に及びました。メイヴの予想とは裏腹に、クーフーリンの軍勢はメイヴを追い詰めていきます。そしてついに、メイヴを生け捕りにしたのです。

メイヴは「もはやこれまで」と覚悟を決めますが、クーフーリンは彼女を逃がします。「女性を殺すわけにはいかない」というのです。「いかなる女性も尊ばねばならない」と、持ち前の騎士の精神を崩さなかったのです。

しかし、この気高い精神が、彼の命取りとなります。邪悪な心を持つメイヴに、彼のやさしさは通用しなかったのです。一度生け捕りにされた屈辱だけで凝り固まった彼女は、クーフーリンに恨みを持つ男たちを集め、蛇のように執念深く彼を狙います。そしてあるとき、ひねくれた一本の槍が、戦車に乗るクーフーリンの脇腹を貫くのです。

はらわたが戦車の中に飛び散り、血がとめどなく流れました。クーフーリンはこれをかき集め、湖で洗って腹に戻します。

この描写は何とも嘘くさくてグロテスクですが、日本の切腹と同じと思っていただければわかりやすいでしょう。侍も、切腹してはらわたを引きずり出し、それをきれいに折りたたむのが見事だと言われていました。

「私はたったまま死にたい」クーフーリンはそう願い、最期の息で近くの岩に身体を縛り付けました。そして高らかに笑い、笑いながら息を引き取ったのです。

英雄は、大きく分けて2種類あるでしょう。「勝つためには手段を択ばない英雄」「正々堂々と戦い、卑劣を嫌う英雄」。現代では前者が人気があるように感じますが、クーフーリンは間違いなく後者でした。たとえ戦う相手が邪悪な魔女であっても、その態度を変えません。そして死の瞬間までそれを貫き、笑って死ぬのです。クーフーリンが今なおヨーロッパで愛されているのは、彼の気高い精神ゆえでしょう。

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