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【北欧神話 第4話】アース神とヴァン神 世界で初めての戦い

アース神とヴァン神とは? 神々は一つではなかった

オーディンをはじめとする神々は、アースガルドに住んでいました。「アースガルド」に住んでいる神々なので、「アース神」と呼ばれています。アース神は男神が12人、女神が12人いたと言われています。そして、最後に加わった火の巨人ロキです。

しかし、神々は他にもいました。「ヴァン神」と呼ばれる神々です。このヴァン神たちが、いったい何者であったのか。いつどこで生まれたのか、神話にはどこにも描かれていません。神々がアースガルドを建設した後に、突如としてその名が出てくるのです。しかし、こうしたことはヨーロッパの神話では特に珍しいことではありません。

ヨーロッパの歴史は、民族の衝突と征服、それによる滅亡の繰り返しでした。ヨーロッパのあらゆる神話には、その歴史が色濃く残っています。例えばイギリスの神話では、ダーナ神族という古代の神々が、新しく訪れた神々に滅ぼされ、地底の世界に追い払われる様子が描かれています。これは、先にその土地に住んでいた民族が、よそから来た民族に征服され、生き残った少数が細々と命をつないでいたということを表しているのです。おそらく、北欧神話のヴァン神も、北欧に住んでいた一民族のことを表しているのでしょう。ヴァン神の長ニヨルドは海の神でしたから、彼らもまた、ヴァイキングたちと同じように海に生きる民族だったかもしれません。

グルヴェイグ 魔女が世界に欲望と不幸をもたらす

世界にはまだ、争いも不幸もありませんでした。ミッドガルドに増えた人間たちも、日々の平和を楽しんでいました。アース神たちは人間たちが幸福であることを喜び、黄金の盃と食器で、食事を楽しんでいたのです。

するとそこへ、突然戦いと殺戮の知らせが飛び込んできます。ミッドガルドの人間たちが、狂ったように戦いを始めたのです。

「信じられぬ! なぜだ。人間たちを治める王たちは、みな平和を愛する者たちだったのに」

神々は悲しみ、原因をさぐります。

争いは、グルヴェイグという一人の魔女が原因でした。彼女が何者で、どこから来たか誰も知りません。彼女はどこからともなくミッドガルドにやってきて、人間たちに莫大な黄金を与えたのです。それまで、人間たちは黄金を所有していませんでした。ですから、財産への執着も独占欲も、人間たちは知らなかったのです。

突然与えられた黄金の魔力に取りつかれて、人間たちは激しい欲望のとりことなってしまいました。重い黄金の腕輪や指輪を身に着けたい。他の人間よりもっとたくさん所有したい。自分だけのものにしたい。という強欲を湧き立たせ、世界で最初の戦いが起こったのです。

アース神は何とか戦いをやめさせようと、グルヴェイグの元へ行きます。しかし、黄金の欲望の権化である彼女は「有り余る財宝を分けて何が悪いのか。黄金の喜びを彼らに享受させたいだけだ」と、耳を貸しません。あろうことか、アース神たちにまで黄金を押し付けて、黄金のとりこにしてやろうとしたのです。

グルヴェイグとは何者か。おそらく彼女は、人間が生きていくうえで避けることのできない「欲望」そのものなのでしょう。生まれたばかりの人間は無垢で、争いや不幸も知りません。しかし育つにつれて欲望が人間の中に住み着き、逃れることができなくなります。生きていく限り、欲望によって引き起こされる争いや苦しみと戦わなかればならないのです。

人間の幸福を願うアース神はとうとう、グルヴェイグを滅ぼすことを決定します。

アース神がグルヴェイグを捕らえる

黄金への欲望を、神々にまで押し付けようとした魔女グルヴェイグ。神々はついに、彼女を滅ぼすことにします。

グルヴェイグを槍で突き刺し、火の中に投げ捨てたのです。しかし、魔法の力を持つグルヴェイグは火の中からよみがえり、平気な顔をして神々の前に現れました。慌てた神々は、三度もグルヴェイグを火刑にします。けれども三度とも魔女はよみがえりました。よみがえるたび、しつこく黄金の魅力を神々に説いて回るグルヴェイグ。魔女を何とかして滅ぼそうとする神々ですが、黄金への欲望はそのうち神々の中にもこびりついて離れなくなってしまいました。

人間は当然のこと、神々さえも、欲望という魔術から逃れるすべはなかったのです。

ところで、アース神がグルヴェイグを殺そうとしたことに、ヴァン神たちは激しく怒りました。黄金を愛するヴァン神たちは、この魔女と親密な仲だったのです。ヴァン神たちはアース神を責めたて、アース神は彼らに賠償金を支払いました。しかし、ヴァン神はそれだけでは満足しませんでした。アースの王オーディンは、アース神とヴァン神の間に争いが起こることを恐れて、ミーミルの泉へ行きます。

ミーミルの泉とは、賢者ミーミルが守る泉で、この水を一口飲むと最高の知恵を得ることができるのです。オーディンは泉へ行って、一口の水を所望します。

「では、水を与えよう。その代わりオーディンよ。そなたが片方の目を捧げるならば」

ミーミルに言われて、オーディンは水を諦めます。片目になることはあまりにも大きな代償だったのです。

アース神とヴァン神の戦い

ミーミルの泉から帰ったオーディンは、すべての神々を集めて宣言します。

「我らはヴァン神に賠償金を払った。しかし、彼らは決して満足しない。アース神は装備を固め、武器の音をどよめかせねばならぬ」

戦いの神チュール、千里眼の神ヘイムダル、そして怪力の神トール、火の巨人ロキが賛成します。こうして、神々は戦いを決意したのです。オーディンは、無敵の槍グングニルをヴァン神に向けて投げました。

最初に相手に損害を与えたのはヴァン神でした。アース神も必死で戦いました。オーディンはグングニルの槍を投げ、トールはハンマーのミョルニルを投げ、チュールは刀を振り回して戦いましたが、ヴァン神は強力な魔術を持っていたのです。アース神の知らない呪文を唱え、アースガルドの城壁を突き崩してしまいます。

怒り狂ったアース神はヴァン神の土地へなだれ込み、こちらにも大きな損害を与えます。それから、戦いは長引きました。あちらへこちらへと戦火は移り、荒れ狂いました。そして長引けば長引くほど、両者の力は拮抗していて、どちらも勝つことはできないということがはっきりしてきました。やがて神々は戦うことに疲れていきました。話し合いをして、休戦したほうがいいと気づいたのです。

そこで、アース神とヴァン神は平和条約を結ぶことにします。両者とも人質を差し出し、お互い平和のうちに暮らす、という誓いを立てたのです。

人質の交換。麗しのフレイヤ、賢者ミーミル

ヴァン神は海の神ニヨルドと、その息子フレイ、娘のフレイヤをアース神たちに差し出します。ニヨルドもフレイも立派な貴公子で名声を博しましたが、よりアース神を驚かせ、騒がせたのは娘のフレイヤでした。フレイヤはこの世で最も美しい女神だったからです。彼女は美と愛と、そして戦いの女神でした。なぜ「戦い」が彼女の中に含まれるかと言えば、古代の人々にとって、「愛」は「戦う」ことによって得るものだったからです。そしてその通り、その後アース神も巨人も小人も、美しいフレイヤをめぐって争いを繰り返すことになります。

アース神からは、ヘーニルと賢者ミーミルを送りました。ヘーニルという名はここで初めて出てきますが、はっきり言ってこの男はどうでもいい男でした。彼は見かけだけは立派で美しいのですが、それはうわべだけで、中身は空っぽだったのです。実際に知恵を出したり助言をしたりしたのは、ミーミルのほうでした。ですから、ミーミルが側にいないときに何か相談を持ち掛けられると、ヘーニルはおどおどして「それは他の人が決めてください」と言うのでした。

やがて、ヴァン神はヘーニルに失望し、アース神がくだらない人質を差し出したことに怒り出します。怒りは復讐に変わり、ついにヴァン神は、賢者ミーミルの首を切り落として、それをアースガルドに送ったのです。

オーディンは、ミーミルの首を見ても騒ぎも驚きもしませんでした。彼はミーミルの首が腐らないよう薬草を塗り、まじないを唱えて話す力を与えました。オーディンはミーミルの首を大切に保管して、繰り返し問いかけます。こうしたわけで、ミーミルの知恵はすべてオーディンのものになったのです。

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