【日本神話】ツクヨミの唯一の神話。豊穣の女神を殺害する。
日本人なら誰しも一度は「アマテラス」という名を聞いたことがあるかと思いますが、その弟で月の神「ツクヨミ」は、あまり耳にしたことがないと思います。
それもそのはず。彼が活躍する神話はたった一つしかなく、これほど登場シーンの少ない神も珍しいのです。
太陽(アマテラス)と月(ツクヨミ)。同じ天の支配者という重要な神でありながら、なぜツクヨミはこれほど影が薄いのか?今回はその原因となった事件を紹介いたします!
ウケモチを訪ねたツクヨミ
日本書紀を読むと衝撃の事実が書いてあります。
実は、初め太陽と月は同時に天にあり、並んで天界を治めていたのです。つまり、「昼」と「夜」にはまだ境目がなかったのでした。
二人は仲良く天を統治していたのですが、あるときアマテラスが弟のツクヨミに「下界に降りて行って、豊穣の女神ウケモチを訪ねてほしい」と言います。一体何の用でこの神を訪ねなければならなかったのかがよく分からないのですが、とにかくツクヨミは従順に下界に降りていきます。
尊い月の神ツクヨミが訪れると、ウケモチは喜んで接待。何しろ豊穣の神ですから、大盤振る舞いでごちそうを並べます。
ところがこのとき、ツクヨミはとんでもない場面を目撃してしまったのでした。
なんとウケモチは、ご飯や魚、獣や酒などを、口から吐き出したり尻から便のように排出したりして出していたのです!
衝撃を受けたツクヨミは白い顔を赤くして大激怒。「おのれは口から吐き出したものをわたしに食わせる気か!ええ、汚らわしい!」叫ぶや剣を抜いてウケモチを惨殺してしまったのでした。
アマテラスの怒り。ウケモチの死体から生まれた作物
天に戻ってアマテラスに一部始終を報告したツクヨミ。しかし、女神の惨殺を聞いたとたんアマテラスは激しく怒りました。
「愚か者め。豊穣の女神を惨殺するとは!あなたは悪い神だ。もう二度とあなたには会いたくない!」
こうして、太陽と月は離れ離れになり、互いに顔を合わせることはなくなったのでした。
この場面は、アマテラスの性格が色濃く表れています。まずは殺生や血を極度に嫌うところ。そして「罰を与えない」ことです。豊穣の女神を殺すという大罪を働いた者に対して、「顔を見たくない」と、二度と自分の前には表れないことだけを約束させ、何らかの形で罰したり償わせたりはしないのです。これはそのまま日本人の性質を如実に表しているといっていいでしょう。
ところで悲しみに暮れるアマテラスは、アマノクマヒトという神をもう一度ウケモチのところに派遣しました。するとアマノクマヒトはウケモチの死体から、多くの作物が生まれているのを目撃したのです。
頭からは馬と牛が、額には粟が、眉には蚕が、目には稗(ひえ)、腹には稲、陰部には麦、大豆、小豆が育っていたのです。アマノクマヒトはそれらをすべて集めて(かなりの量だったと思うのですが、そこは神様ですので神業を使ったのです)天に持ち帰りました。
アマテラスはおおいに喜び、粟と稗と麦と豆を人間の作物に、稲は神々の作物に定めました。(この後ず~っと長い間、米は神々が独り占めしてます)そしてアマテラスは蚕を口に入れて、そこから糸を引き出しました。この時から養蚕が始まったのです。
母なる女神の姿
生きている間は無尽蔵に食物を惜しみなく身体から出して与えるウケモチ。彼女は死んでからもまたその身体から、人々が生きていくうえで欠かせない作物を産み出します。
これは自分の身体から母乳を出し続ける女性の姿であり、食物を産み続ける大地の姿でもあります。
古代において、女性とは「自分を犠牲にしてでも与え続ける存在」と思われていました。「農耕」が今以上に生活の中心であったこと。現代とは比べ物にならないほど、出産が命がけの行為であったことなどが、このような女性像を産み出したのでしょう。命を懸けて子供を産む女性が神聖視されていたことは、今に残る土偶がすべて女性であることからもうかがわれます。